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魅音SS「変わらぬ想い」 #15/15

1989年6月18日 午前9時 魅音





ベッドから圭ちゃんが派手に転がり落ちる音を聞いて、目を覚ました。
昨夜は夜更けまで泣き崩れていたせいか、目は腫れぼったく、頭もガンガンと痛む。
きっとこの目は兎のように真っ赤になっていることだろうけど、私はそんな状態にあることを悟られまいと、出来るだけゆっくりと、暢気に上体を起こし、伸びをした。

「どうしたの圭ちゃん、朝から元気だね~・・・」

チラリと圭ちゃんに視線を向ける。
良かった。
圭ちゃんは私の様子に気づいていないみたいだ。
それにこの狼狽ぶりから察するに、昨夜のことも一切合切記憶にないらしい。

「どうして、魅音がこんなところで寝てるんだよ!」

圭ちゃんは己の戸惑いを隠そうともせず、そんな質問を投げかけてくる。
そのうろたえ様があまりに可笑しくて、どこか可愛らしくて、ちょっとした悪戯心が芽生えてしまった。

「圭ちゃん、昨夜の事、覚えてないの・・・?」

少し声のトーンを落としながら、そう呟いてみる。
それだけで圭ちゃんの表情からいっきに血の気が引いていくのが見て取れた。
きっと圭ちゃんにとっては、この部屋の空気が凍りつきひび割れた感覚に陥っているだろうけど、それを眺めている私にとってはこの上ない娯楽だった。
嗜虐心がむくむくと膨らみ、しばらくはこの演技を続けてみよう。

「圭ちゃん、私のこと愛してるって・・・何回も何回も耳元で囁いてくれたのに・・・あの言葉も嘘だったって言うの!?」

それが決定的な一言となったらしい。
圭ちゃんの表情を見るだけで、その混乱ぶりは余すことなくこちらへ伝わってきた。
その狼狽ぶりがあまりにも面白くて思わず吹きだしてしまったところを、圭ちゃんに気づかれてしまう。

「・・・ったく、人が悪すぎだぞ魅音。昨夜のことを何も覚えていないからってからかいやがって」

そう言ってへそを曲げる圭ちゃん。
お腹を抱えて思い切り笑う私を見て、なおも圭ちゃんは機嫌を損ね続けている。

そうだ。
私たちの関係は、これで良い。
レナとの三角関係に泥のような煩悶を抱くよりも、こうして笑って、からかって、ふてくされて、だけど最後にはまた笑って。
こんな関係が私たちにはお似合いなのだ。

だから、きっと。
眦(まなじり)に僅かに溜まったこの涙の膜は、哀しみの涕涙なんかではなく。
懐古に想いを馳せる、親睦の涙なのだと、そう思いたかった。


圭ちゃんとテーブルを挟んで、朝食をとる。
魅音の朝食が洋食派だったなんて意外だ、なんていう他愛も無い会話を交わしながら、私は圭ちゃんの食事をぼんやりと眺めていた。
旺盛な食欲をもって次々と平らげる姿は凄く爽快だけど、それでもちょっとは味わってくれても良いのに、なんて思ってしまう。

「ん?どうしたんだよ?」

私の視線に気づいた圭ちゃんが、そんな質問をなげてよこす。

「ううん、ただ、圭ちゃんのお母さんの気持ちがわかるなぁ、て。思っただけ」

そう返して、私はプチトマトをひとつ口に放り込んだ。
食事を終えた圭ちゃんは、残ったコーヒーに少しずつ口を付けていく。

部屋の中をひとひらの風が軽やかに舞う。
私はお皿の上のベーコンをフォークで弄りながら、昨夜のことを思い返していた。
それは、私の熱情の一夜。
想い実らぬと知らされる、喪われた恋情。
そして思い出されるのは、夢の狭間の世界にいた彼が発した、ひとつの言葉。

『・・・なんだ、どうしたんだよ、レナ・・・』

それは、夢の世界にいてもなお、レナの存在が圭ちゃんの中で重要なものになっていることの証左。
二人の関係がこじれたなんていう話はレナから何も聞いていないし、昨日一日の二人の関係を見ていれば、その仲睦まじさはよく伝わってきていた。
だから、今更こんなことを聞くのは余りにも野暮な事。
だけど、昨夜失われたこの恋に終止符を打つために、私はどうしても言葉にせずにいられなかった。

「圭ちゃんさぁ、・・・レナとはうまくいっているの?」
「ん?ああ、まぁ、そこそこに、な」

照れ隠しなのだろうか、少し視線を逸らしながらそう返事する。
余りにも予想通りの回答。
分かりきっていた事なのに、喉の奥にチクリと針が刺さったような気がした。
私はかろうじて、そっか、と一言だけ言葉にして、細切れにされたベーコンを口に運び続けた。

そよ風が室内を軽やかに舞う。
照りつける強い日差しも室内までは届かず、柔らかな照明となって圭ちゃんの姿を映している。

嫉妬の炎に身を焼かれる事も無い。
失恋の激痛に心を苛まれる事も無い。
だけど喉の奥にしこりとして居座り続けるこの違和感を、私はどうにも処理しきれずにいた。

思い起こしてみれば。
私は、圭ちゃんに自分の気持ちをはっきりと告げたことはなかった。
あの雪の日は、レナへの嫉視の余り、圭ちゃんの気持ちを私に向けようとしただけ。
あの駅での見送りの日は、想いのマフラーを圭ちゃんへ贈っただけ。
私のこの気持ちを、恋着の想いを、彼へ届けたことはついぞ無かった。

「私さ、」

だからこの告白は、人生初めてのそれとなる。

「圭ちゃんのこと、好きだよ」

お皿の上に視線を固めながら、私は言葉を紡いだ。
何の覚悟もなしに、何の変化も望まぬまま、ただ己の感懐を述べただけの、そっけない告白。
だからこそ、と言うべきだろうか。
私の胸中には、まるで夏の海のように静かで平穏なさざめきだけが聞こえていた。

告白と言うのは、一種の爆弾なのだと思う。
ひとたび発してしまえば、自分の周りの世界全てをひっくり返し、元へは戻れなくなってしまう。
だから私の告白は、きっと告白とは呼べない。
なぜなら、私自身が世界の変化など望んでいないから。
この程度のことで、この世界が変化する事などないと知っているから。
いくら私が慕おうと、圭ちゃんの想いも、レナとの絆も、瓦解する事など絶対にありえないと、私は知っているから。

だからそれは告白などではなく、ただの述懐だった。

ふいに、気の早いアブラゼミの声が耳に転がってくる。
もしかしたら先ほどから鳴いていたのかもしれないけど、少なくとも意識して耳を傾けたのは、今日はこれが初めてだった。
たっぷり5往復くらいセミの声を聞いただろうか。
ジジッ、とセミが飛び立つ音まで聞き届けてから、圭ちゃんは口を開いた。

「俺も、魅音のことは好きだ」

ゆっくりと、圭ちゃんの表情に視線を向ける。
だけど彼は、私の手元の食器に視線を向けていた。

「だけど、一番じゃない」

分かっていた事。
理解していた事。
覚悟していた事。
受け入れた事実。

それなのに女々しい私の心は、追慕の情を捨てきる事さえ出来ず、こみ上げてくる泣哭を飲み込むことに必死だった。
じわりじわりと痛みが胸中に沈殿し、それは次第に発酵して、やがて耐え切れぬ自己憐憫へと姿を変える。

「ハハ、ハハハ、いやぁ、やっぱりフラれちゃったかぁ!」

乾いた笑いと共に誤魔化す以外に方法を知らなかった。
涙を流す事はできない。
ボロボロと哀哭をあげることもできない。
だからこの悪魔のような自己憐憫に抗するために、私は誤魔化して笑うこと以外出来なかった。

このときの私は、一体どんな表情をしていたのだろう。
笑顔を浮かべられた自信は無い。
演技をする余裕も無い。
だから私がどんな表情をしていたかは、私を正面から見つめる、圭ちゃんの悲痛な表情から察するほか無かった。




朝食を終えると、圭ちゃんが自宅へ戻ると言うので、見送るために玄関まで出向いた。

「大したおもてなしもできなくて、ごめんね」
「何言ってんだよ。
 昨夜の酒の席で世話になって、一晩泊めて貰って、
 朝飯までご馳走になったんだ。
 これで文句があるヤツなんているもんか」

そう言いながら靴紐を結びなおす圭ちゃんの背中を、ただじっと見詰め続けていた。

「それじゃな、魅音」

うん、また、と小さく呟くと、圭ちゃんはそれを確認してから、扉を開けて強い日差しの下へ歩み出た。
カラカラ、と扉がゆっくりと閉められる。
それに伴い、圭ちゃんの姿も少しずつ枠切られる様に小さくなっていく。
そして、完全に扉が閉められる直前。

「待って!」

思わず叫んでいた。
激しく脈打つ焦燥に後押しされるかのように、何の考えもなしに出してしまった、必死の叫び。
当然驚いた圭ちゃんは扉を開け直して、私の姿を再認識する。

「なんだ、どうしたんだ?」

きょとんとしながら、私の返事を待つ圭ちゃん。
だけど当の私は、圭ちゃんを呼び止めてから何をしようなんて、考えてもいなかった。
いや、本当は、したいことなんていくらでもあった。
圭ちゃんに抱きつきたい。
その胸に飛び込んで、思い切り泣きたい。
私を選んで!
東京へ行かないで!
思いのたけを全てぶちまけて、ここで唇を重ねたい。
欲望は底無しに渦を巻き、懸想の念は萎むことなく私の理性を責め苛む。

だから私は、それら欲心にも近い熱情を体の芯に無理やりねじ込んで、ひとつだけ口にした。

「また、会えるよね?」

圭ちゃんは一瞬驚いたように目を開くと、ふっとすぐに頬を緩めた。

「当たり前のこと訊くな。俺たちは仲間だろ?」

そして、今度こそ扉は閉められた。
砂利を食む音がゆっくりと遠ざかり、やがて聞こえなくなるまでに時間はかからなかった。

止めていた息をそろそろと吐き出す。
胸の中の痛みは、いつの間にか和らいでいた。
叶うばかりが恋ではない。花と散りゆく恋もある。
どこかの作家が小説の中で詠んだ歌を、そのまま心で反芻してみる。
そうしてから、そのような憐憫の行動が少々自意識過剰に過ぎる事に気づいて、自嘲気味に笑った。

廊下を歩き、自室に戻る。
そこには綺麗にたたまれた布団が、隅にひっそりと鎮座していた。
きっと圭ちゃんが部屋を出る前に片付けておいてくれたのだろう。
布団を客間へ片付けようと身をかがめたとき、目の前に佇む棚の上に飾られた物の存在に気がついた。

それは、青い瞳のビスクドール。

私はかがめていた身を起こし、そっとビスクドールを手に取る。
圭ちゃんは、この人形の存在に気がついただろうか?
気がつかないわけが無い。
ここにたたんだ布団を運んだのであれば、目の前にあるこの人形に気がつかないわけが無いのだ。

圭ちゃんはこの人形を見て、何か想うところがあっただろうか?

そんな疑問に心を馳せたところで、それが詮無い推測に過ぎないことに気がついた。
せいぜい想うところがあったとしても、自分のプレゼントを大事にしていてくれたのか、と多少の喜びを感じてくれた程度だろう。

私はビスクドールを胸に抱いた。
思い出のビスクドールは、あの頃と何も変わらない質感で、私の胸を癒してくれる。
私はそっと、自分の唇を指でなぞった。
昨夜布越しに奪った――そして捧げた――その唇。

私はビスクドールを抱え上げ、一度だけ軽い接吻をし、元の位置にゆっくりと戻した。
大切な過去の思い出を傷つけぬように。
身を焦がすほどの思慕に別れを告げるように。
ゆっくりと視線を起こし、窓の外へ向けた。

空はどこまでも高く、太陽はどこまでも熱く照らす。
ヤマガラスの声も、風のさざめきも、これから訪れるであろう夏の訪れを心待ちにしているかのように晴れやかだった。
右手を窓の外にめいっぱい伸ばして、ぎゅっと握り締める。
それだけで、手の中に夏の香りがふんだんに含まれた気がした。

とうとう訪れた、私の恋の終わり。
いや、やっと受け入れる事が出来た、と言うべきか。
昨夜は思い切り泣いて、さっきは思い切りフラれて。
これで受け入れる事が出来なければ、それは恋愛ではなく、ただの妄執だ。

だけど、胸の中にくすぶらない物が何も無いかと言えば、それは嘘になる。
流石にたった一晩で、全てに対して見切りを付ける事が出来るほど、私は器用ではなかった。

そのときふと、何年か前に圭ちゃんとのことで詩音に相談したときのことが思い出された。

『涙は男を引き寄せますけど、繋ぎ止めて置く力はありません!
 普段は笑って、ポイントで泣く!』

ポイントで泣く、なんて器用なことは私には出来そうに無いけれども、笑う事だったら私にも出来る。
園崎魅音という演技を意識する事もなく。
ただ、みんなと楽しく笑い合えた、あのころの事を思い出すだけで良いのだから。

だから私は、笑ってみた。
一度声を出してみたら、もう後は簡単だった。
お腹の底から、次々と笑いがこみ上げてくる。
そうだ。これで良い。
これで、私は前を向いて歩ける。
圭ちゃんに固執せず、レナに後ろめたい気持ちを抱く事もなく、前を向いて歩ける。

ひとしきり笑った後で、ひとつ大きな息をついた。
たったこれだけで、先ほどまで胸の中に残っていたしこりが、気にならない程に消えてなくなった。
なんだ、これだけで良かったんだ。
窓の外に上半身を思い切り出して、思い切り笑い飛ばして、それだけでこれほど爽快な気持ちになれる。

こうなったら、圭ちゃんよりもずっと素敵な男の子を捉まえてみせるんだから!

そう心で誓う魅音の表情。
それは園崎魅音、改心の笑みだった。


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