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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第一章~蜜月~

    正徳一九年(二〇〇七年)八月三一日(金) 夜

その日の夜。



ミクと星登は十畳ほどの部屋に布団を並べて、それぞれ就寝していた。

星登の住む家は築二十年ほどのアパートで、二階の角部屋に位置している。

広さは1DKで部屋の間取りは十畳ほど。

一人で暮らすならばそれで充分な広さだが、二人で生活するとなると少々手狭である。



就寝する際にミクは、自分が後から押しかけてきたのだから、

布団などは不要だと申し出たのだが、星登はそんなミクの主張を払いのけて、

一人でテキパキと二人分の布団を用意してくれた。



そこまでしてもらっておきながら、なおも拒否し続けるのは逆に無礼である。

ミクは星登の好意に甘えて、マスターである星登と同様に、布団で就寝することにした。



ガイノイドであるミクにとって、睡眠は非常に重要である。

しかしそれは昼間に得た記憶の整理という意味での「睡眠」であり、

人間のような肉体的、精神的休養という意味での睡眠とは、

その性質を少し異にしている。



ミクにとっての睡眠とは、前述の通り昼間に得た記憶を整理することであり、

電力を安定供給されたマネージメント装置にPLCケーブルを接続してさえいれば、

それだけで事足りてしまう程度のものである。

したがってわざわざ布団などを用意せずとも、

数時間PLCケーブルを接続していれば睡眠は問題なく完了できる。

姿勢制御オプションのスタビリティーモードをONに設定すれば、

立ちながら睡眠を取ることも可能だ。



布団に入ったまま、ミクはじっと動かない。

うなじに接続されたPLCケーブル越しのマネージメント装置が、

削除すべき記憶と保存しておくべき記憶を選り分けるILMAを実行中だからだ。

今ここで下手に動いてPLCケーブルコネクタの接触に問題が起これば、

アプリケーションは異常終了してしまい、

今日得られた情報は整合性を保つことも出来ぬまま、削除する他なくなってしまう。



マスターの名前やパーソナルIDなどの極めて重要な個人情報については、

既にRAID化されたメモリに焼き付けられているため消える心配はないが、

それでも記憶の保持は人間と共に生活していく中で非常に重要なファクターを占める。

消えても良い記憶の選別はそのために行っているのだ。



マネージメント装置が走らせている記憶選別のILMAに応答するため、

ミクのプロセッサも全力で働き続けている。

そのためプロセッサに余計な負荷をかけないよう、

ミクの意識は半ばスタンバイモードに移行しつつあり、瞼も虚ろに閉じられていた。



曖昧になりかけた意識の中で、ミクは今日のことを少しずつ思い返す。



今日の正午。

ミクの目覚めと、星登との邂逅、突然の涙。

互いの自己紹介と、照れながら自分の呼び名の訂正を要求した星登。

そして、彼の最初の命令。



夕方。

ミクが人間と同様に食事できることを告げると、星登は大層驚いていた。

ミクのエネルギー源は電力のため、

睡眠時に行われる充電機能が充分に働いていれば、食事などする必要はない。

しかしミクは介護用アンドロイドとして開発された。

そんなミクが持つべき機能として最も重要なファクターが、

要介護者及びその家族たちとのコミュニケーションを円滑に進めることである。

そしてそれを実現させるためのひとつの機能として、

人間と共に食事を取る機能が備えられたのだ。



ミクが食事できることを知った星登はとても嬉しそうに、



「それじゃあミクの歓迎会ということで、今日は外に食事に行こうか」



と提案してくれた。

勿論ミクは恐縮の余り辞退しようとしたのだが、せっかくだし、と星登は引かない。

結局ミクはマスターである星登の好意に甘えることにした。

二人は、駅前のファミリーレストランで食事を取った。



「歓迎会というには、ちょっと貧相だけど、ごめんね」



そう言いながら星登は恥ずかしそうに笑う。

しかしミクにとって、店の優劣など関係なかった。

ただ自分の存在を歓迎してくれるというその気持ちが、本当に嬉しかった。



そして夜。

ミクは自分が人間と同じように入浴できること、

そしてメンテナンスの観点から少なくとも二日に一回、

できれば毎日入浴したい旨を伝えた。

それを聞いた星登はキョトンと表情を固め、



「そんなの当然だよ。僕がミクをお風呂にも入れないような、DV男に見えたのかい?」



と逆に聞き返されてしまった。そして、



「でも、そうだな。そういえば、まだ君の着替えや洋服を用意していなかった。

 君が来る前に準備しておくべきだったのにな。気が回らなくてごめん。

 ・・・・・・代わりと言ってはなんだけど、もし君さえよければ、この服を使ってよ」



そう言って渡されたのは、女性物の下着類や衣服だった。

サイズもミクにちょうど良い。



てっきり男の一人暮らしだとばかり思っていたので、

このような衣類を渡されたことには驚きを隠せなかった。

失礼な質問かと思いつつも、ミクは聞いてみた。



「以前、どなたかと同棲なさってたんですか?」



その質問に対し、星登は曖昧に笑うだけだった。

ミクもそれ以上質問しなかった。



しかし、以前この部屋に誰かが星登と生活を共にしていたことは、

ほとんど確実であるとミクは思った。

食器や洗面用具、衣類はもちろんのこと、いまミクが使っているこの布団も。

男性の一人暮らしというには、余りにも生活臭に溢れていた。



曖昧になり、落ちかけている意識の中で、

ミクは瞼をそっと開けて隣で眠る星登に視線を預けてみる。

星登は既に安らかな寝息を立てていた。



以前、この部屋にはどんな人が住んでいたのだろう。

そして彼は、どうしてそのことを隠そうとするのだろう。



それはガイノイドの自分には分不相応な疑問であったかもしれない。

自分は人間に造られた、女性型ヒューマノイド、ガイノイド。

人間に造られた、言わば道具である。

マスターである星登の心の中に、不必要に深く入り込んでいく必要はないし、

そんなことをする権利もない。



だけど。



ミクは思い出す。星登の涙を。

まだ目覚めて間もないミクだったけれど、あの涙は悲哀や哀切の落涙ではなく、

感極まって流れた感泣であるように思えた。



そしてミクは思い出す。星登の最初の命令を。



自己紹介を終え、ミクが早速活動を開始しようとしたとき。

最初に何をすべきかを星登に問うたときのことだ。



部屋の掃除。食材の買い物や食事の用意。要介護者の介護活動、その他諸々。

ミクにプレインストールされたアプリケーションは

それら雑務をこなすための機能を備えており、

またそのような命令が下されることを想定していた。

しかし星登から発せられた命令は。



「ずっと、僕の傍にいてくれないかい?」



それは具体的な活動を示唆するものではなく、あくまで方針を示したに過ぎない。

したがってそれを命令と呼ぶには余りにも曖昧に過ぎた。



しかし、その命令は。命令と呼ぶには余りに具体性を欠いた、その願望は。

彼が抱く寂しさをそのまま形にしたような、寂寞とした想いに満ちていた。

だからミクは、ガイノイドをまるで人間のように扱うこの青年を、

道具ではなく一人の少女として接してくるこの青年を、

救いたいと、癒してあげたいと、そう思った。



アクションではなくプランしか示さぬその命令の裏に隠された、彼の孤独感。

それを拭い去るには、まだミクは彼という人間を理解していなかったけど。

自分の存在が彼を支える一本の糸になれればと、そう願いながら、意識をスタンバイモードへと遷移させた。





幕間 其の一へ







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